ウズベキスタン タシケント 柔道職員

自分の写真
ネット環境:USBスティック型通信機を使用していました。お勧めです!!

2010年4月30日金曜日

観光地 ブハラ 行ってきました!!



※重たくてすみません、写真を何枚も何枚も載せてます・・・ 、長編なんです


ブハラは僕の住んでいるタシケントから450㎞ほど

離れている所にあります



行きは、夜行列車を使い向かいました
夜8時に出発して、着いたのは次の日の朝6時ぐらい


夜、電車の中でおじさんから、ウォッカを飲まされ

何時間かパタリと寝てました

どんウズ編集長: 「ウォッカはどうでしたか?」
DOMOTO: 「きびしいです」


到着!

ブハラって電車に書いています


ブハラの意味はサンスクリット語で『僧院』を表します

電車の中はまるで、『世界の車窓から』で見るような、雰囲気



首都タシケントとは違い、イスラムチックな空気をかもし出しています
どんウズ編集長: 「ブハラに到着してどう思いましたか?」

DOMOTO: 「やっぱり、ワクワクしましたよ」


かんろくある、中央アジアのおじ様たち


そうそう、ブハラは1993年に世界遺産として登録されています


多分ここはモスクというお祈りをするところ


ブハラは古代より栄えしオアシス都市で
水資源に恵まれていいたため、多くの人で賑わいまいた

何度も中心都市になったようです



子供たちに質問:「 ブハラについてどう思いますか?」

回答:「なんだこの人」

はい、後ろに見えるのが、城塞『アルク』です

中に入ると、観光者を狙った商人達がひたすら話しかけて来ます

DOMOTO: 「彼らは、僕よりしつこい」

よっぽどですね



これは、メドレセ という昔の学校です 
ここで物作りの技術を身に付けたり、勉強をしていました


中に入ると、中央に広場があり
周りには小さな小部屋がいくつもあります
昔は教室だったようです

今では、布や雑貨が売られています
シルクとか



きれいに

広げて

こんにちは

古い物まみれで
雑貨好きには宝の山!!

陶器もいっぱいあります
この辺りでしか作られていない、陶器製法がり、それはもう美しい

でかい
ここはもぅデカくて、いったいここが何なのか
自分が誰なのか、そのうち考えることをやめました
壁に描かれている模様
特に単純な模様が僕は好きで
多くを写真に収めました
こんなのや
こんなの
同じように見えてみんな違う
これは目みたい
なんだこれは
蜂の巣バージョンも
いろんな建物にいろいろな模様があって、楽しめます

ブハラはまぁこんな感じじゃよ、またこいよ~
帰りは飛行機でビューンとひとっ飛びで帰りました
1時間ぐらいだった
もうヘトヘトでした
しかし、ウズベキスタンのこと、また一つ知れて良かったです!
また、ブハラに来ようと思います^^
でわ、また!

2010年4月8日木曜日

お久しぶりです!
部屋が見たいという、要望が多くありました。
紹介します!
9階建てのアパートの
7階に住んでいます。
目の前が公園で、子供たちが、元気に暴れています。
リビング
ドアからベランダに出られます。
キッチン
ドアからベランダに出られます。
トイレ
 
ゴミ箱に、使った後のトイレットペーパーを捨てる必要があります。
紙質でしょうか、詰まるらしいです。
お風呂
トイレとせっかく別なのに、地面を濡らしてはいけません。
水が流れて行きません。
寝室
今まで、狭いところでしか暮らしていなかったので、
ここで寝るのは、ちょっと落ち着きません><
毎日リビングのソファーで寝てます^^
そしてここがベランダ!
いいですよ~ベランダは
夏に、ここで景色を見ながら、お酒を飲むのがお勧めらしいです。
飲めない自分は少し残念ですね^^;
以上!!こんな住まいでした。
続いて、ホームステイ先での話
この前、久しぶりに泊まりに行きました。

彼は前にも登場したジョニー(本名ツートンムロット)13歳
彼は朝、私を起こしてくれるのですが、
一風変わった起こし方をします。
デジカメで私を撮りまくります。
この日は、朝起こされたときから腹痛に襲われ、
必死で彼に助けを求めました。
「ジョニー・・・パマギーチェ」
           (ジョニー助けて)
もがき苦しむ僕を
彼は、パパラッチのように
真剣なまなざしで撮りまくっていました。

ダイアナの気持ちが分かりました。
このように、危険といつも隣り合わせのところに住んでいるのです。


危険といつも隣り合わせ。
危険と隣り合わせ。

最近、他の国にいる仲間が、地震やデモにより、
危険な状況に直面しました。

たくさんの国々に仲間がいれば、こういうことは仕方がない事なのかもしれません。

こういった危険な、緊迫した状況になると、死について考えさせられます。

生きて日本に帰れるのか?
生きて日本に帰れたら幸せだなぁ。
こんなところで死んでしまったら、皆が悲しむじゃないか!
とくに家族とか!!

考えさせられます。

人は嫌なこと苦手なことを忘れようとします。
最高な能力ですが、あんまり忘れすぎるのも良くないこと。

今日、悲惨な光景を見ました。
車が、紙を丸めてポイ、みたいになってました。

僕の町では車がとっても多く、車間が狭いにもかかわらず
もぅ、ビュンビュンとばすとばす。
危険がいっぱいです。

ちょっときついことを言いますが、

隊員が必ず日本に帰ってくるとは思わないでください。
DOMOTOコンピューターの精密な計算では0.5%の確立で帰ってきません。

でも必ず帰ります。

安全に備えます。

7階から脱出用のロープも買います。

会いたい人たちがいっぱいいますので。